女性の怖さを初めて知った。19歳の夏だった。
常連客のあけみちゃん
当時僕は早稲田の学生で、夏休みに高田馬場でバーテンダーのアルバイトをしていた。
夕方6時の開店と同時に、僕のことを気に入って頻繁に来てくれる23歳のあけみちゃんという女性がいた。まだお客さんは少ない時間帯なので、よく二人で話した。
ごめんね、私ブスだから
あけみちゃんは普通にいい子だった。でも、自分の容姿についてはひどく気にしていた。髪は天然パーマで、顔が普通の子よりひとまわり大きい。ぎょろ目で鼻が低く大きく、唇は厚い。
「ごめんね、私ブスだから。話していても楽しくないでしょう」。
いつもそう言うので、
「そんなことないよ」。
と返していた。実際、バーテンダーからすると容姿は関係ない。よく足を運んでくれる人がいいお客である。
今で言う同伴出勤
ある日、あけみちゃんがこんなことを言い出した。
「ねえ、一度あべちゃんとごはん食べに行きたい。でもブスだからイヤだよね」。
「そんなことないよ」。
僕は2度ほど、あけみちゃんと馬場の居酒屋にいった。
勘定はあけみちゃんが
「私、おねえさんだから」
と払ってくれ、食事の後は僕のバーに来てくれた。
下宿に来たあけみちゃん
そのうち、あけみちゃんがこんなことを言い出した。
「あべちゃんの下宿にいってみたい。でもブスだからイヤだよね」。
「そんなことないよ」。
あけみちゃんは僕の下宿に来た。
一度でいいから……
2時間ほど2人で飲んで話しているうちに、2人とも酔っ払ってきた。あけみちゃんがうっかりグラスを倒してお酒をこぼしてしまい、僕が慌ててタオルを持って近づくと、あけみちゃんが僕に抱きついてきた。大きな胸の谷間が見えた。
「ねえ、一度でいいから抱いて欲しい。でもブスだからイヤだよね」。
僕は19歳である。穴があったら入りたいお年ごろだ。さすがにためらったが、
「そんな・こと・ないよ」。
と言ってしまったのだ。
言ってはいけなかった「ごめんね」
事が終わり、酔いもすっかり冷めて、僕は後悔した。好きでもない子を抱いてしまったのだ。相手に悪いことをした、と思った。
「ごめんね」。
僕は言ってしまった。女性を傷つける言葉だとは気づかずに。
昨日の出来事があっという間に
次の日。
僕が出勤してバーテンダーの制服に着替えていると、人の不幸や失敗が大好物の嫌なやつナンバーワンの同僚の優斗がにやにやしながら僕の方へと近づいてきた。
「おまえ、昨日あけみとやったんだって。あんなブスとよくやるよ。頭おかしいんじゃねーの」。
(ええっ、昨日の今日なのに何で知っているの???)
僕は驚いた。
「あけみと寝た男」
まだラインのない時代だ。後で知ったことだが、あけみちゃんは知り合いの男に片っ端から電話して、「あべちゃん」を落とした、と触れ回ったらしい。
それからしばらく、僕は全く知らない人からも、「あけみと寝た男」と言われ続けた。女の怖さを初めて知った19歳の夏だった。