タケノコ剝ぎの悲劇

「なあ、もう一件おねーちゃんのいる店いかへん?」

 新宿の居酒屋で飲んで、気持ちよく酔ったところで林くんが言った。

 東京慣れしていない二人

2人とも大学に入学してまだ2カ月。林くんはバリバリの大阪人、僕は北海道で、まだ東京慣れしていなかった。

 「よし、行こう行こう」。

僕も上機嫌で応じた。

 「20歳の女子大生いるよ」

歌舞伎町をぶらぶらしていると、40前後の呼び込みのおじさんが声をかけてきた。

「兄ちゃんたち、かわいい子いるよ。一人3000円ぽっきり」

「どんな店なん」。

もうすっかり前のめりになっている林君が聞いた。

「20歳のスリムでかわいい女子大生。最後までできるよ」。

目を輝かせる林君

林君は目を輝かせた。田舎者で人を疑うことを知らぬ子供のように純真なやつだった。

いや、訂正する。子供だったら20歳の女子大生に目は輝かせない。でも純真なのは本当だった。

「あべちゃん、行こうや」。

 信用できない呼び込み

そう言われたが、僕はあまり気乗りしなかった。呼び込みのおっさんの貧相な格好や澱んだ目がどうも信用できなかったのだ。

「なんかあやしいよ。やめとこうよ」。

僕は言ったが、林君は

「かまへんかまへん、金は俺が出す」。

といってすたすたと呼び込みと一緒に店に入ろうとする。僕も仕方なく後ろをついていった。

2畳の部屋に破れたソファー

 店に入ると、林君と僕は別々にボーイに案内され、奥へと連れていかれた。

安っぽいピンクの壁の通路の両脇にドアがあり、その1室に押し込まれた。

2畳もない小さな部屋にぼろいソファが一つ置かれていた。

「女の子来るまで待ってて」。

ボーイはそう言い残すとドアを閉めた。

 相撲取りの朝潮参上

 それから2、3分後。ドアを開けて、何かの物体がぬっと入ってきた。

 性別が女である、という以外は、20歳のかわいい女子大生とは似ても似つかぬ生き物であった。

体重は100キロを優に超えている。

薄いキャミソール越しに、たるんだおなかの肉がぶるんぶるんしているのがわかる。

年は40歳前後。顔は相撲取りの朝潮そっくりであった。

 ブラジャー2000円、パンツ3000円

「システムを説明するね。ブラジャー取るのは2000円、パンツは3000円、おっぱい触るのは3000円」。

「帰る!」

僕は話が終わる前にはっきりと言った。

何が悲しくて朝潮のブラジャーを取るのに2000円も払うのか。そんなものはNHKの相撲中継でタダでいくらでも見られる。

「だめ、何か入場料以外に払わないと出られないシステムなの」。

 タケノコの皮を剝ぐように

当時僕は知らなかったが、「タケノコ剥ぎ」という一般的なぼったくりのシステムである。

下着を脱ぐ、触らせる、男のあそこに触る、といった段階ごとにタケノコの皮をはぐように段階的に金をむしり取り、最後は5万、10万と巻き上げる。

「帰る!」

僕はだんだん腹が立ってきていた。こんな馬鹿々々しい茶番には付き合っていられない。ソファから腰を浮かしかけた。

ドアを塞ぐ朝潮

その時である。

「帰さないわよ」。

朝潮がドアをふさぐように仁王立ちになった。いや、本当に肉塊でドアは完全にふさがれた。

待てー!逃がさないわよ!

 僕の怒りは頂点に達した。ぶよぶよの腹の肉を思い切り強く横に押し、朝潮がぐらついたチャンスにドアノブに手をかけて開き、廊下に飛び出した。それから一目散に入り口に向かって駆け出した。

「待てー!逃がさないわよ!誰かつかまえて!」。

朝潮が大声で叫ぶ。

 通路を全速で駆け抜ける

何事かと黒服のボーイがあわてて出てきたが、僕は一直線に全力で駆けた。

僕は高校生の時は陸上部のキャプテンだったのだ。「まじかったるいぜ」。と思いながらやっていた毎日の練習がまさかこんなところで役に立とうとは。

無事に脱出した僕は、店の入り口が見える物陰に隠れて林君を待った。林君もすぐに出てくると思ったのだ。

 待てど暮らせど

しかし、20分、30分経っても林君は出てこない。不安が募った。40分後にようやく店から出てきた。

 林君のもとに駆け寄ると、店に入る前にあんなに浮かれていたのがウソのように意気消沈していた。

入学して会ったときから始めて、いつも明るい林君がこんなに落ち込んでいるのを見た。

 武士の情けで何も聞かずに

「帰ろうか」。

林君がぽつん、と言った。

何があったかは聞かなくてもわかる。武士の情けである。僕たちは無言で歌舞伎町を後にした。

 林君は大学を卒業して商社マンになった。厳しい交渉や駆け引きの世界でこの失敗が少しでも糧になっていたのなら幸いである。