ナンパ大作戦

僕は高校生の時、北海道の函館にいた。

全寮制の男子校であった。

右を向いても左を見ても

 当然のことだが、学校の中では、右を向いても、左を見ても、男だらけであった。

教師も男ばっかりである。

さらに、学校が終わって寮に帰っても、男、男、男である。

もう学校中が剣道部か柔道部の部室の香りに満ちていた。

学校や寮の中で、女性は売店か食堂のおばちゃんだけであった。

学校の売店に30代のわりと美人の女性が一人いた。

校内では一番人気で、彼女見たさにパンがあっという間に売り切れる、という飢餓状態であった。

 思春期まっただ中で、女性に興味津々の僕たちにとっては、まことに厳しい環境下だった。

極寒の南極か、はたまた灼熱(しゃくねつ)のサハラ砂漠か、といった感じである。

毎週日曜日は街へ

 進学校だったので、土曜日も授業があり、休みは日曜日のみだった。

 そこで毎週、僕たちは函館の街に「ナンパ」に行くのである。

寮は4人部屋で、僕は同じ部屋の久保寺くん、伊庭くんの3人で毎週のようにちんちん電車に乗って街へと繰り出した。

狙うのは20歳前後の女子大生のおねえさまだ。

函館は言わずと知れた観光地なので、休みの日にはたくさんの観光客が訪れる。

童貞だった僕たちは、

「あら、かわいいわね」。

「おねえさんが教えてあ・げ・る。うっふん。」

という妄想に胸と股間を膨らませていたのであった。

心に余裕の午前中

 大体、観光客の多い五稜郭へと行くことが多かった。

もういても立ってもいられないので、朝の9時くらいには現地へと着いていた。

この時間は観光客もまばらである。

 丸一日ナンパに費やす覚悟なので、この時間はまだ余裕である。

じっくり品定めをして、とびきりかわいいグループの子を引っかけよう、などと夢みたいなことを考えている。

立場わきまえぬ品定め

 観光コースとなっている道の脇の芝生に陣取って、通り過ぎる女子大生を待つ。

「おっ、あれはどうだ!」

「うーん、いまいちかわいくない」

「あっ、じゃああの子たちは?」

「右端の子がちょっとなあ」。

などと言い合っている間にどんどん時間ばかりが過ぎていく。

3人とも、声をかけて断られるのが恥ずかしいのである。

「おい、久保寺くんいけよ」。

「伊庭ちゃんがいけばいいじゃん」。

などと押しつけ合っているうちに、あっという間に昼間になってしまう。

新たな作戦発動

このままじゃいつもと同じじゃないか!

と焦りを感じながら、芝生でハンバーガーを食べながらの作戦会議である。

その時、伊庭ちゃんがナイスなアイデアを思いついた。

名付けて「フリスビー作戦」である。

公園の売店でフリスビーを買って、3人で芝生の上でやる。

かわいい子のグループが通ったら、わざとフリスビーを外して、女の子たちの前に落とす。

拾ってくれたところで、

「あっ、すみません。ありがとうございます」。

と一人がお礼をいい、もう一人が

「どこからいらっしゃったんですか」。

と話を展開し、最後の一人が、

「僕たち地元なんで、よかったら案内しましょうか」。

とたたみかける。

ノルマンディー上陸作戦もかくや、というぐらいの完璧な作戦である。

完璧な作戦のはずが……

流れが自然じゃね」。

さわやかな感じじゃね」。

「いいね、いいね」。 

 となって、僕たちは作戦を遂行した。

 ところが、全然うまくいかないのである。

 まず、なかなか狙い通り女の子のグループの前に落ちない。

たまに、これはいい場所にいったんじゃね、と思うと、小学生ぐらいの男の子が走ってさっと拾って届けてくれたりする。

何拾っちゃってんだよ!

と心の中で叫びながら、

「ありがとねー」

と笑顔で受け取る。

3時間ほど頑張ったところで、我々は作戦撤退を余儀なくされたのであった。

背水の午後4時

 時刻はもう4時を回った。

もう、かわいい子などという目標は捨て、なんでもいいから女の子たちに声をかけることにする。

誰が声をかけるか、はじゃんけんで決める。

という背水の陣を敷かざるを得なくなっているのである。

 「おい、あれ行こうぜ」。

 じゃんけんで負けた久保寺くんが、女の子たちの元へ近づいていく。

僕と伊庭ちゃんがドキドキしながら見ていると、久保寺くんは、

すみません、今何時ですか」。

と聞いた。

「4時半です」。

女の子の一人が答えると、

「あっ、ありがとうございます」。

と言ってそそくさと戻ってきてしまった。

とぼとぼと寮に帰還

時間だけ聞いてどうするんだよ!

僕と伊庭ちゃんがつっこむと、久保寺くんは

「いや、一応声はかけたでしょう」

と悪びれずに返すのであった。

そして日は暮れ、観光客の姿もまばらになる。

「帰るか」。

「そうだな」。

今日もダメであった。

僕たちは重い足を引きずって、電車で帰路についた。

貴重な1日を使って……

朝の9時から夕方6時まで。

大学受験を控えた高3の日曜日をまる1日使って、唯一の成果が

「女性に時間を聞いた」

ことだけだ。

その日は相当に落ち込むのだが、また1週間もすると忘れる。

なんかうまくいきそうな予感しかなくて、またすっかり元気になって

「さあ、いくか!」

となるのである。

こうして僕たちは、青春まっただ中の貴重な日々を、ひたすら浪費し続けたのであった。