壁に耳あり

いまから40年近く前。

大学1年生の時、僕は東京・荻窪の築35年の木造アパートに住んでいた。

6畳1間の最安物件

6畳1間、台所、トイレは共同で家賃は1万5000円。

敷金、礼金はゼロで、大学生協に張り出されていた物件のうち最も安いモノを選んだ。

とにかくお金がなかったのである。雨風しのげればいい、という感覚であった。

外見は民家のような2階建てで、10室あり、住人は男ばかりでほとんどは僕と同じ貧乏大学生だった。

午前3時の新宿で

 当時僕は同い年の直子と言う子と付き合っていた。

直子はショートカットで、顔が小さく、ちょっと中性的な魅力のあるとてもかわいい子であった。

早朝3時に新宿の歌舞伎町でナンパしたのである。

最初、直子は高校生だとウソをついた。十分に高校生で通る童顔だった。

刑事に職務質問

 僕も童顔である。二人で歌舞伎町を歩いていると、私服刑事に声をかけられ、

「高校生がこんな時間に何をしているんだ」。

と職務質問されたくらいである。僕が大学の学生証を見せて事なきを得た。

 やりたい盛りのころである。

付き合うようになってからは、僕の下宿で、二人は毎日のように愛し合った。

かわいくて、感じやすい直子が愛おしくて仕方なかった。

あのときの声が……

 ただ、直子には1つ問題があった。

あのときの声が大きいのである。 

 「あん、あん、あーーん」。

 とハイトーンのかわいらしい声であえぐのだが、その声がかなり大きい。

壁の薄いおんぼろ下宿なので、周りに丸聞こえである。

僕はむりやりキスして声を防ごうとするが、それを避けて

「あーーーーん」。

と余計に大きな声を出すのだ。

まだ経験の浅い僕のテクニックで、そんなにビンビンに感じるとはあまり思えない。 

わざとやっているんじゃないか、とも思ったが、もう途中からは開き直って、直子のしたいようにさせておいた。

ドアに気配が

 そんなある日のことだ。

 僕たちがいつものように愛し合っていると、木製の引き戸の部屋のドアが「ガタン」と音を立てた。

「うん?」

 僕は直子を愛しながら、ドアのほうに意識を集中した。

 人の気配がするのだ。

誰かがドアの外に立っている、と思った。

しかし、僕の息子も立っていて収まりが付かない。

一戦を終えてから、僕はそっとドアの方へと歩み寄った。

そして、がらりと勢いよくドアを開けた。

4人の人影がはじかれたように走って逃げた。

下宿に住む貧乏男子大学生たちが、僕の部屋のドアの前で聞き耳を立てていたのである。

走り去る後ろ姿は見たが、4人ともものすごい勢いではじかれたように逃げたので、個人を特定するには至らなかった。

セブンスターを吸いながら

 「ごめんね、何か聞かれていたみたい」。

 直子に言うと、

別に聞かせておけばいいじゃない」。

と直子はセブンスターをぷかりとふかしながら言った。

この子はかわいいだけじゃない。すごい度胸も据わっている、ということを、その時初めて知った。

僕が初めて「女の怖さ」を知ったのはこのときかもしれない。