僕の高校は男子校で全寮制で、全国でもまあ名を知られた進学校であった。
みんな大学受験目指してそれなりに勉強には力を入れていたが、中でも群を抜いていつ見ても勉強しているのが池内君であった。
バルタン星人
池内君は無口だったが、それ以外は一見ごく普通の生徒であった。
ただ、いくつか際立った特徴があった。
ひとつは笑い声である。
「むっふぁっふぁっふぁっふぁー」と、ものすごーく個性的な笑い方をするのである。
ウルトラマンに出てくるバルタン星人の笑い方にそっくりであった。
悪ガキの泉君は「むっふぁっふっぁー」という池内君の笑いのマネを持ちネタにしてみんなの笑いを取っていた。
目撃情報なし
もう1つは、決して風呂に入らないことである。
入学当初は話題にもならなかったが、1,2か月たって、「池内、風呂に一回もはいってねーんじゃねーの」という噂がたった。
「おい、池内と風呂で会ったことあるか」「ないなあ」「お前もか」。「お前もか」「お前もか!」。
全員に確認した結果、池内君は入学以来2カ月間全く風呂に入っていないという衝撃の噂は真実であると裏付けされたのである。
地獄の柔道の時間
動かしがたい証拠は、池内君に近づくと目に「ツン」とくるのである。
ありていに言うと、とてもクサいのだ。
今までに嗅いだことがない異臭である。
そして、その高校では恐ろしいことに体育で柔道の履修が義務付けられていた。
相原×秋田、浅野×安部、といった具合にあいうえお順の出席番号の隣同士が組んで練習する。
僕の友達の伊庭ちゃんは、不幸なことに出席番号が池内君と隣同士で、いつもペアを組まされていた。
「ああ、柔道いやだよ~。もう勘弁してよ」。
伊庭ちゃんは朝から晩まで嘆いていた。本気で泣きそうだった。
優勝者は池内君
2か月間の柔道の授業の最後の日、クラス全員でトーナメント戦を行い優勝を決めよう、ということになった。
1回戦、2回戦と池内君は順調に勝ち上がった。
柔道は全く素人の池内君だが、とにかく相手が勝手に負けてくれるのである。
特に寝技は無敵であった。袈裟固めもつらいが、上四方固めは地獄である。
池内君のおまたの部分が自分の顔に覆いかぶさるのだ。
想像するだに恐ろしい。立ってよし寝てよし。まさに無敵である。
決勝は柔道部員である杉山君対池内君の対戦になった。
柔道部員が足払いで池内君を倒したが、技ありどまりで、勢いあまって自分も倒れこんだ杉山君に池内君が覆いかぶさった時点で「まいりました」と杉山君が言った。
池内君の優勝であった。
池内君はその後も高校の3年間、数えるほどしか風呂に入らなかった。
池内君が風呂に入ると、
「おい、池内が風呂に入った!しかも湯船につかってるぞ!」
「事件だ事件だ!」
「今日は風呂に入れないじゃん」。
と寮中がパニックになったものである。
驚きの理由
池内君はなぜ風呂に入らないのか。
最初は思春期で恥ずかしいのかと思っていたが、どうやら違うらしい、という風説が流れてきた。
池内君は大変な金持ちのボンボンであった。一説によると、池内君は中学を卒業するまで1回も一人で風呂に入ったことがないというのである。
いつもお手伝いさんが服を脱がせ、体も洗ってくれていたので、どうやって一人で風呂にはいっていいかわからなかったそうである。
(世の中は広い。いろんな人がいるんだなあ)
と思うと同時に、僕も若いお手伝いさんにすみからすみまで洗ってほしい、と妄想をふくらませるのであった。